継続についての考察

私はこの地で開業をしてから22年が経過いたしました。

過去ブログにも書いております通り、長く続いている

ことだけが取り柄の教室だと思っています。

私が、どんなことでも継続する能力がある人間かと

いえば、答えは否(いな)です。全く継続力のない人間です。

消去法で ただ ただ存続してきた教室ということに

なります。

私は、ダイエットもウォーキングも筋トレも勉強も

何もかも何もかも全く続かない、モノにならないという

学習性無力感を、これでもかと経験してきています。

とてもいい言葉に最近出会いました。

「無意識が認めたものしか、続けることができない」

無意識とは、自分の本心です。ハイヤーセルフと言っても

いいかもしれません。

そういった、自分が認知できない領域の自分が、

オッケーを出したものでないと、継続ができない。

とてもいい言葉だと思いますし、非常に腑に落ちる所が

あります。


つまり、対外的な理由から、絶対に続けた方がいいと

思うことでも、無意識が許可してくれないと何も

続かない、モノにならないのだと思います。

それを才能と呼ぶのかもしれません。

私はある時期まで自分の作品を販売することも

してきました。(画家活動です)しかし、無意識が

全く、これっぽっちも許可を出してくれない。

自分の作品を評価してもらって、有名になって、

自分の作品で飯を喰う・・・・このことに才能が

なかったのだと思います。

それとは逆に、指導するという職業には全く興味が

尽きることはなく、やればやるほど面白さを見出し、

充実したエネルギーを感じ続けてきました。

私の亡くなった実父と実姉は高校と中学の教師でした。

もしかしたら遺伝子の中に脈々と、教えるという

スキルがインプットされていたのかもしれません。

ご先祖様の中に教師業の方がいたのかも知れません。

あっという間の22年間でした。

さて、続けるという話に戻ります。

生徒さんの中には、なぜか自分に異様に高いハードルを

課して「こんなことも出来ない自分は絵を描く資格が

ない」などと仰ることも拝見します。

しかし、そのような厳しさが本当に必要でしょうか。

そして、継続する必要もあるのでしょうか。

継続をする・・・・つもりではなく、結果的に

続くものこそが才能だと思います。

それは、いちにち、いちにち淡々と積み重ねること。

そしてそれが苦にならない何かを見出すこと・・・

ではないかと思うのです。

どなたかのご参考になれば嬉しく思います。

あさぎ絵画教室はたった1人の講師が

細々と運営する超絶マニアックな絵画教室です。



あさぎ絵画教室

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